関東の古墳&陵墓研究

関東地方(主に埼玉県や茨城県)の古墳や遺跡、神社仏閣等を見学し紹介してます。 個人的に好きな陵墓関係の記事や書籍も紹介してます。

滑川町

皆様こんにちは~(^▽^)

黄砂で黄色い靄が掛かってましたが、
天気が良いので久しぶりに古墳巡りをして来ました~(^^
今回は初訪問の小川町とストリートビューで見つけて気になっていた、
武蔵丘陵森林公園北側の住宅地内に存在する盛上りを見学してきました。

初めに、武蔵丘陵森林公園の北側、土塩(つちしお)という地名内に存在する、
古墳らしき物体から紹介していきます。
例によって「埼玉県古墳詳細分布報告書」や「埼玉の古墳」には記載されていませんので、
当ブログでは地名を取って「仮称」という形で紹介します(^^
IMG_2802
南側から撮影したものですが、直径10m前後✖高さ1.2m程の円丘で、
西側斜面に陥没か樹木の根跡と思われる窪みが認められました。
埼玉県古墳詳細分布報告書に記載されている、
2基の円墳で構成される山の上古墳群とは距離や分布位置が幾分離れているので、
別の未記載古墳だと思われますが、土器片や石材などは見られなかったので、
後世の塚の可能性も捨てきれませんが、ここでは古墳扱いとしておきます(^^;
IMG_2803
上の墳丘は明瞭な物体が確認できましたが、
他にも同じ木立内に終末期頃によく見られる、
低墳丘と思われる土膨れが数基確認できました。
ただ、木立自体が私有地と思われるので、深入りは止めておきました(^^;
ここから南方向に広がる武蔵丘陵森林公園内にも10カ所に古墳群()が有るので、
これらと同じ時期頃の築造か、少し新しい築造と思われます。

※武蔵丘陵森林公園内古墳群
 棘山古墳群(円墳21基)、追山古墳群(円墳14基)、菖蒲沼古墳群(円墳5基)
 後谷古墳群(円墳10基)、中山古墳群(前方後円墳1基、円墳10基)
 西山古墳群(円墳12基)、糟沢古墳群(円墳17基)、栗谷古墳群(円墳9基)
 矢崎古墳群(現存円墳8基 2基破壊)、ゴエモン塚古墳群(円墳8基)

IMG_2804
明瞭な墳丘を東から。。。
東側からだと地面が少し低くなっているので、高さが有る様に見えます。
IMG_2805
墳丘西側に見られる窪み
土器片などは見られませんでしたが、
瓦片が数枚落ちていたので、ひょっとしたら頂部に祠が有った可能性が。。。
IMG_2806
頂部平坦面の様子
平坦面は狭く少し丸みを帯びている様な形状です。
半地下式の横穴式石室か木棺直葬辺りでしょうか?

「埼玉県古墳詳細分布報告書」は全てを「詳細」に報告している訳では無く、
時たまこうして未記載の古墳や「塚の可能性有り」としていても、
実際は埴輪片が多数観察されるなど、再度分布調査を実施して、
改訂版を出版して頂きたいと思います(^^;

:(仮称)土塩地内古墳:
・所在地:滑川町土塩969付近 私有地の可能性
・墳形:円墳
・規模:直径10m✖高さ1.2m
・備考:墳丘西側に窪み有り
    駐車スペース無し
    塚の可能性有り


次回は小川町の穴八幡古墳を紹介します。

皆様こんにちは~(^▽^)

本日は滑川町に有る東昌寺境内に2基の円墳で構成される
東昌寺古墳群から駐車場の片隅に保存されている墳丘を紹介します(^^
南から全景
南から見た東昌寺2号墳全景
白山2号墳とも呼ばれている、直径14m✖高さ2mの円墳です。
墓地内に有る1号墳同様、調査は実施されていないので、
墳形と規模が判明しているのみで、内部主体や周濠の有無などは不明です。
土留め柵
東~北側にかけてご覧の様に土留めが設置されている上、
駐車場や道路が敷設されているので、元の規模はもう一回り大きそうです。
怪しい石材
南側斜面で怪しい石材を見つけました(^^
横穴式石室の石材でしょうか?
土師器片
西側斜面上で土師器片と思われる土器片を見つけました。
これだけでは判断できませんが、1号墳と同時期に築造されたとすれば、
概ね6世紀後半~末頃でしょうか?
頂部から見下ろす
頂部から見下ろした感じ。
頂部
頂部の平坦面北側端に、板石に五百羅漢が彫られた物が並んでいて壮観ですが、
そのせいで古墳らしさは皆無。。。
頂部平坦面には砂利も敷かれているので、封土の露出は無し。。。
五百羅漢説明板
古墳である事を示す文面は有りません。

:東昌寺2号墳:
・別称:白山2号墳
・所在地:1号墳と同じ
・墳形:円墳
・規模:直径14m✖高さ2m
・埋葬主体部:横穴式石室?
・出土品:不明だが土師器片有り
・築造年代:6世紀後半~末
・備考:1号墳の北側に所在
    土留が有る為、元の大きさは一回り大きい可能性有り
    墓参者用駐車場有り

以上でネタが切れましたので、次回更新まで今しばらくお待ち下さいませ(^^;
次回は小川町や熊谷市の古墳見学を予定しております。

皆様こんにちは~(^▽^)

本日は滑川町の寺院境内(墓地内)に有る2基の円墳で構成されている、
東昌寺古墳群から1基づつ紹介します(^^

〇東昌寺古墳群「埼玉の古墳 比企・秩父」より引用
菅谷台地北縁の東昌寺境内に2基の円墳が存在している。
かつては東武東上線武蔵嵐山駅から東昌寺境内にかけて、
数多くの古墳が分布していたと伝わる。

北から遠景
北から遠景
大きな樹木が目印です。
東から墳丘全景
東から見た東昌寺1号墳全景
直径16m✖高さ2.8mの円墳で、出土している土師器片などから、
6世紀後半頃の築造とされています。
主体部は未調査の為明らかでは有りませんが、河原石や自然石を使用した、
横穴式石室を内蔵するものと思われます。
南から
南から。。。
墳丘裾部は石段が有る東側以外、ブロック塀や土留、
墳丘近くまで民家がせまっているなどで、削られてしまってます。
横穴式石室はほとんどが南側に開口していますが、
墳丘斜面を見ても露出している石材などは見られませんでした。
石室石材?
その代わり?北側裾付近で石室石材かもしれない板石を見つけました。
土留は綺麗なコンクリート擁壁なのに、この2~3枚の石材だけ、
全く違う様相なので「おや?」と思い撮影(^^
東側斜面に石段を設置した際に出土した石材かもしれませんね。
土師器片
さらに、同じ北側斜面裾近くで椀や坏の底部とみられる土師器片を確認。
大きさ 底部?
大きさはこんな感じ。
弧線を描く底部の破片です(^^
葺石?
また、再度南側斜面下に行った所、
墓地とは関係なさそうな大きさの礫が確認できました。
資料には記載が有りませんが、ひょっとしたら葺石を持つ古墳だったかも?
頂部から見下ろす
頂部から見下ろした感じ。
頂部の石祠
分厚いコンクリートで覆われた頂部平坦面には、
頂部中央に石祠、南側に慰霊碑、北側に古墳の説明板が並んでます。
説明板
説明板ですが、2~3行目に突っ込み処の箇所が(^^;
嵐山町内で発掘されていない古墳は多々有ります
寧ろ・・・発掘されている古墳の方が少ないです
さらに付け加えるなら、北側に有る2号墳も未調査です

:東昌寺1号墳:
・所在地:嵐山町菅谷11-3 東昌寺
・墳形:円墳
・規模:直径16m✖高さ2.8m
・埋葬主体部:横穴式石室?
・出土品:不明だが土師器片有り
・築造年代:6世紀後半~末
・備考:墓参者駐車場有り

次回は北側に有る2号墳を紹介します。

皆様こんにちは~(^▽^)

本日は滑川町の丘陵上に有る古墳群を紹介します(^^
分布図
「埼玉県古墳詳細分布報告書」から分布図を。

興長禅寺の南側にある自然丘陵上の木立内に有る低墳丘墓群で、
低い墳丘や規模の小ささから、7世紀以降に造営された群集墳と思われます。
あくまで個人的推測ですが、直ぐ西側に五厘沼窯跡群が有るので、
ここで須恵器を製作していた人々の墓所ではないかと考えてます(^^
8基の小円墳が密集していると思われますが、
現状明瞭な墳丘が確認できるのは8号墳のみです。
また、主体部が有ったと思われる窪みや溝が確認できるのみで、
土器片や遺物は確認されていません。
「埼玉県古墳詳細分布報告書」に記載は有りますが、
「埼玉の古墳」には掲載されていません(別の同名の古墳群は有りますが。。。)。
見学の目印は、興長禅寺の南側丘陵上に有る送電鉄塔を目指し、
送電鉄塔に向かって細い道が山林内に続いているので、そこに進み、更に奥に行くと、
一面杉林になっている場所に出るので、その杉林内を進むと奥に8号墳の盛土が確認できますが、
その辺り一面に8基が密集して存在しているものと思われます。
所在地ですが、分布域内でシイタケの栽培が見られたので、私有地である可能性が高い為に、
未掲載とさせて頂きます。
興長禅寺を探して、上記の目印&行き方を参考にされて下さい(^^
古墳群への入口
興長禅寺から南へ送電鉄塔を目指しながら歩いて行くと、
道路右側の歩道途中で鉄塔へのアクセス路が有るので、
ここから中へ100m程進みます(^^
軽自動車や小型車であれば入れそうな道幅ですが、
駐車スペースは無い(鉄塔傍の駐車スペースは封鎖されてます)ので、
やはり徒歩での見学が良さそうに思います(^^;
古墳群がある木立全景
道を進むとこの様な雑草が無い杉林に突き当たります。
古墳群は写真中央左奥に存在します。
古墳群全景
「埼玉県古墳詳細分布報告書」の分布図を基に、おおよその位置を示してみました。
1号墳は削平されているのか、窪みも隆起も見られませんが、
3号墳と4号墳の間の西側付近っぽいので、この辺りと予想。。。
3号墳は1号墳同様削平されているのか隆起も窪みも無しですが、
4号墳は僅かながら隆起が見られました。
唯一墳丘が見られる8号墳と一部だけ墳丘が残る7号墳以外は、
主体部跡らしい長方形の窪みが確認できるのみです。推定2号墳位置
推定2号墳箇所に見られた窪み
深さは30cm程で長さ2m✖幅1m程の窪みですが、
石材などは見られません。
推定5号墳
推定5号墳箇所付近で見られた窪み
こちらも長さ2m✖幅1m✖深さ10cm程のサイズ。
推定6号墳
推定6号墳箇所で見られる窪み
写真では分かり難いですが、明瞭な窪みが見られます。
推定7号墳
8号墳の北側に有る7号墳全景
中央の太い樹木の手前付近が墳丘です(^^;
やはり写真だと分かり難いですが、少しだけ隆起が見られるので、
墳丘が一部残っているものと思われます。
8号墳全景
唯一墳丘が残る8号墳全景
現存直径5m✖高さ50cm程の円墳です。
主体部らしい窪みが見られないため、良好に残っているかもしれませんね。
8号墳頂部
8号墳の墳頂部
露出している封土部分を観察してみましたが、
土器片や石室の存在を思わせる石材などは皆無でした。

:表(おもて)古墳群:
・所在地:私有地の可能性が有る為未記載とさせて頂きます
・墳形:全て円墳(もしくは低墳丘の群集墳)
・規模:直径3~5m✖高さ数cm~50cm
・埋葬主体部:不明だが長方形の窪みが見られるので、
       土壙墓or木棺直葬か?
・基数:8基
・築造年代:7世紀以降
・史跡の指定:町指定(ただし現地に標柱や説明板無し)

・備考:1号墳/墳丘削平?
    2号墳/中央部に窪み有り
    3号墳/墳丘削平
    4号墳/僅かな隆起有り
    5号墳/中央部に溝有り
    6号墳/中央部に窪み有り
    7号墳/墳丘一部残存
    8号墳/墳丘残存
    現地に駐車スペース無し


次回は東昌寺古墳群 1号墳を紹介します。    

皆様こんにちは~(^▽^)

本日は月輪古墳群で現存する古墳の内、
未見学だった神社古墳を紹介します(^^
分布図
「埼玉県古墳詳細分布報告書」より分布図と今回紹介する墳丘を、
赤線で囲ってみました(^^
群中最南端に位置している墳丘で東武東上線の月の輪駅から、
徒歩5分というアクセスも容易な古墳です。
駅前にコインパーキングも有る(神社には駐車場は有りません)ので、
じっくり見学することも可能です。
南東側から
南東側から眺めた月輪30号墳全景
頂部に中丸稲荷神社の社殿が有ります。
墳丘規模は直径15m✖高さ2m程の円墳で、
資料には「横穴式石室の石材散乱」と記載されています。
南から
南から
社殿の奥は地区の集会所となっており、集会所側に駐車場も有りますが、
こちらは狭い(1~2台)為、利用は避けた方が無難そう(^^;
東から
東から。。。
裾や墳丘斜面は石垣で土留め工事がされており、
古墳らしさはあまり感じられません(^^;
土師器片
東側裾付近で土師器と思われる土器片を見つけました。
土師器片大きさ
大きさの感じ
厚みから推測すると坏か椀辺りでしょうか?
頂部から見下ろす
頂部から見下ろした感じ。
古墳自体が台地上に有るため、南側道路からは高さを感じます。
頂部の社殿
頂部の社殿
頂部平坦面の北側寄りに祀られてます。

横穴式石室の石材は?・・・と足元を見てみると。。。
石室石材
社殿参道から頂部に分祀されている祠への飛び石3枚と、
石室石材2
灯篭への飛び石に2~3枚の板石が確認できます。
板石を組み合わせた箱形石棺の間違いでは?とも思いますが(^^;
板石が薄くて小さいので、横穴式石室の石材だとすれば、
羨道~玄室までの天井石辺りでしょうか?
現地には説明板も古墳を示す標柱も無いので、断定はできません。。。

:月輪30号墳:
・所在地:滑川町月の輪6 中丸稲荷神社
・墳形:円墳
・規模:直径15m✖高さ2m
・埋葬主体部:横穴式石室 石材散乱
・出土品:土師器片
・築造年代:6世紀後半
・備考:頂部に社殿、石室石材多数有り
    駐車スペース無し(月の輪駅前のコインパーキング利用)

次回は表古墳群を見学する途中で見つけた、
五厘沼(ごりんぬま)窯跡群を紹介します。

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