関東の古墳&陵墓研究

関東地方(主に埼玉県や茨城県)の古墳や遺跡、神社仏閣等を見学し紹介してます。 個人的に好きな陵墓関係の記事や書籍も紹介してます。

吉見町

皆様こんにちは~(^▽^)

横見神社境内脇の古墳に続きましては、
神社本殿の基壇に取り込まれたコチラの古墳を。。。

横見神社全景

横見神社正面の感じ。
参道入口脇や鳥居の両側に石碑が有りますが、
コチラには何年頃に社殿が改築された記念や、
その際に誰某が寄付した等の記載が有るのみで、
古墳に関係する記述は皆無(^^;

拝殿

拝殿遠景。
拝殿の奥に墳丘が一部見えてますね(^^

拝殿近景

拝殿近景。
賽銭箱は防犯の為なのか建物内に有り、
扉の一部が開けられて、そこから賽銭を投入する様になってました。
拝殿の奥に本殿が有ります。
拝殿も1段高くなっているので、
社殿そのものが古墳だったかもしれませんね(^^;

東から

東から見た本殿と墳丘。
この墳丘が横見神社古墳ですが、
上で述べた様に、拝殿まで墳丘だった可能性も有ります。

東から接近

北側から。
現存で直径10m×高さ1,5m程度の規模が有ります。
墳丘は雑草と土留めの為の竜鬚が沢山植えられており、
枯葉も堆積していて土器片などは見られませんでした。

石室材

本殿(拝殿とは繋がってません)の前には、
ご覧の様な石材が。。。
この古墳の埋葬主体部は横穴式石室であるとされていますが、
『埼玉の古墳 比企・秩父』の横見神社古墳のページに、
主体部発見の記述が掲載されており、
「社地一松樹アリ横見ノ松ト云樹下昔ヨリ石櫃アリト云フ明治五年
壬申六月雷樹ニ震シ為ニ土ヲ穿チ始メテ石櫃ヲ露ハス土人蓋ヲ
開クニ中一物ノ存スルナシ或ハ古昔位記ノ類ヲ納メシ者ナラムト云」
・・・と記載され、更に社殿裏の大木の間に、
石棺状の石櫃が開口した状態の略図も掲載されている事から、
横穴式石室に組合式箱型石棺の安置が、この古墳の主体部だったかもしれませんね。

石室石材?

特にこの大きな石は最初奥壁材かな?と思いましたが、上で紹介した書籍には、
「現在も石室の一部が露出しており。。。」と記載されているので、
この石は玄門付近の天井石で、石の奥(社殿床下)に、
玄室部分が残っている可能性も有りますね。

尚、石櫃が存在していた当時に後深草天皇第三皇子の、
梅宮(ウメノミヤ)の墳墓では無いかとの伝承が有ったそうですが、
この古墳の築造年代は6世紀後半であり、年代が合致しないので、
皇子の墳墓である可能性は無いですね(^^;

IMG_0503

埼玉県埋蔵文化財情報公開ページより拡大。
赤い丸が楕円になっているのは、社殿の西側に、
御所陣屋跡の遺構が含まれているからで、

建物跡?

建物跡2

それは神社社殿西側に1段高い方形状の土地となって残っています。
コチラは雑草に覆われており遺物などは全く観察できませんでした(^^;

:横見神社古墳:
・所在地:比企郡吉見町大字御所1 横見神社境内
・墳形:円墳
・規模:直径10m×現存高さ1.5m
・埋葬主体部:横穴式石室+石棺?
・築造年代:6世紀後半
・備考:横見神社本殿の社殿有り
    社殿建築の際に一部削平
    石室石材と思われる石材有り
    社殿西側に御所陣屋跡と思われる土壇有り

皆様こんにちは~(^▽^)

本日は吉見町の御所という地名の所に有る、
横見(よこみ)神社から、境内にある2基の古墳をそれぞれ紹介します。
まずは、境内の南西端の小高くなった土地の上に有る、
コチラの古墳から。。。

遠景

東から見た御所稲荷塚古墳遠景。
鳥居が見えますが、古墳の裾を少し削った所に、
稲荷神社の祠が祀られてます。
尚、車はチェーンが張られていて境内に停められ無かったので、
神社の向かいに寄せて路駐(妻は車内で待機)しました(^^;

南東から

少し近づいて。。。
土留め補強されている所は墳丘では無く、
墳丘本体は少し奥まった所に有ります。

南

南から。。。
鳥居の奥に祠とさらに奥に墳丘が一部見えてます。
4月でこの状態ですから夏場の見学は難しそうですね(^^;

祠

稲荷神社の祠と墳丘。
古墳自体の築造年代は6世紀後半~7世紀頃とされていますが、
発掘調査は実施されていないので、埋葬主体部は不明ですが、
祠の土台前に有る石材(緑色の四角い石)が、
この古墳の石室石材である可能性が有るかもしれません。
葺石は持たないらしく、実際墳丘斜面を観察しましたが、
土器片なども見当たりませんでした。

頂部

墳頂部の様子。
雑草と枯草に覆われていて封土の観察は不可能状態。。。

東から

東(神社参道)から。。。
こうして眺めると上円下方墳の様にも見えますね(^^
現存直径20m×高さ3mの規模を持つ円墳です。

墳丘全景

墳丘近景。
東から北側に掛けては、雑草も少なかったのですが、
土器片などは皆無でした。。。

IMG_0502

埼玉県埋蔵文化財公開ページから、該当部分を。
「18ー001」がこの古墳の該当番号で、
次回紹介する古墳が「18-002」。
この辺りは御所古墳群が有ったとされており、
実際現在は宅地となっている周辺からも、
円墳跡が見つかってます。
また、グーグルマップで横見神社を見てみると、
境内に「御所陣屋跡」と記載されていますが、
そちらも次回の記事で触れようと思います(^^

:御所稲荷塚古墳:
・位置:比企郡吉見町大字御所2(横見神社脇)
・墳形:円墳 2段築成
・規模:直径20m×高さ3m
・埋葬主体部:横穴式石室?
・築造年代:6世紀後半~7世紀
・史跡の指定区分:町指定史跡
・備考:稲荷社の祠有り

皆様おはようございま~す(^▽^)

先日久しぶりに吉見町の吉見百穴に行って来ましたが、
ついでに3基程古墳も見学して来ましたので、
順次更新していきます(^^

まずは、水田の中にポツンと残るコチラの1基から。。。

南東側から

南東側道路から見た遠景。
吉見町立南小学校から300m程北東に進んだ、
水田の中にポツンと有り、グーグルマップでも良く見えるコチラの古墳。
以前からグーグルマップで空中散歩をしている際に、
気になっていたのですが、天気も良かったので行ってみる事に(^^

南から

南西側道路から近景。
トウカンモリ古墳(トウカン森古墳)という名の古墳です。
名前は墳頂部に稲荷社が祀られており、
稲荷の音読みで「トウカ」→「トウカの森」→「トウカンモリ」となった模様。

埼玉県埋蔵文化財情報公開ページのデータでは、
「トウカンモリ古墳」と記載され、5世紀後半~6世紀頃の築造と、
推定されている様ですが、発掘調査は実施されていない模様で、
説明板も無く、埋葬主体部や出土品は不明です。
また、現状直径15m×高さ1,5m程の円墳ですが、
南西方向に少々長い事から帆立貝型前方後円墳もしくは、
造り出し付の円墳の可能性も有るかと思われます。

地図

埼玉県埋蔵文化財情報公開ページから。
付近にも2~3基の円墳が有った模様で、
久保田古墳群と呼ばれていたそうですが、
耕作の際に崩され、たまたま村境に有った当古墳のみ、
頂部に祠を祀っていた事が幸いし、現在も残されているそうです。

頂部の祠

頂部と石祠。
頂部は平坦面が広く、葺石などの礫は皆無。
築造年代から推測すると、木棺直葬などの竪穴系と思われます。

土師器片

厚みから土師器片と推測される土器片が数点見られました。
この他、細片ですが円筒埴輪と見られる条線が刻まれた破片も有りました。
この古墳から北西3km程の所に和名埴輪窯跡群が有るので、
この窯で焼かれた土器/埴輪であるかもしれませんね(^^

近景

現存直径は15m程ですが、直ぐ東側に水路を通しており、
削られている為、元は直径20m以上は有ったのでは?と思います。
また、北側から西側に掛けての一部で墳裾に窪みが見られるので、
周濠を持つかもしれません。

:トウカンモリ古墳/とうかん森古墳:
・所在地:比企郡吉見町久保田
・墳形:円墳?
・周濠の有無:有?(墳裾に窪み有り)
・規模:直径約15m×高さ1.5m
・埋葬主体部:不明
・出土品:土師器、埴輪片
・築造年代:5世紀後半~6世紀
・備考:墳頂部に祠有
    吉見南小学校の北東300mの水田中に存在。 
    駐車スペース無し(路駐)

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