関東の古墳&陵墓研究

関東地方(主に埼玉県や茨城県)の古墳や遺跡、神社仏閣等を見学し紹介してます。 個人的に好きな陵墓関係の記事や書籍も紹介してます。

2013年05月

皆様こんにちは~(^▽^)
 
今日の埼玉県は良く晴れて、
真夏の様な陽気になってます。。。
 
前方部が削り取られてしまった二ツ塚古墳の次は、
国道16号線に近い所にあり、
菅原神社境内に保存されている、こちらの古墳です。
 
イメージ 1
 
菅原神社東(すがわらじんじゃひがし)古墳
 神社社殿の奥にこんもりとした盛り上がりが有ります。
規模は直径20m×高さ3mほどの円墳となります。
 
イメージ 2
 
墳頂部の様子。
 周辺の古墳と同じ、6世紀台の築造と考えられてますが、
正式な調査がまだ行われていない事や、
現在までに出土遺物が伝わって無い事等から、断定は出来ません。
また、この古墳の埋葬主体部は現在の所全く分かっていませんが、
6世紀台に多い横穴式石室だとすれば、墳頂の平面部の広さが大きいことや、
墓地になっている南方向付近の墳丘盛土斜面が、
周りと比べて幾分膨らんだ形になっている事から、
開口部があるとすればこの付近だと思われます。
・・・が、この地方の古墳石室に多く使用されている、
緑泥片岩や凝灰岩の石材が、全く見られなかったので、
木棺直葬の様な竪穴系埋葬主体部も考えられると思います。
葺石も全く見られませんでした。
 
イメージ 3
 
菅原神社の社殿。
社殿裏の杉林が古墳です。
社殿前に何やらフェンスで囲まれた石燈籠と、
狛犬が見えており、説明板も設置されてますが、
今回の古墳に関係する物ではありません。
 
墳丘上をくまなく歩き回りましたが、
古墳に関係するような遺物などは全く見つかりませんでした。
付近住民の方には「古墳である」という認識は有る様ですが。。。
古墳よりも神社社殿の方を大切にして、
古墳の方は放置状態という辺りが、少々寂しかったです(^^;
市には正式な発掘調査実施を願いたいです。
 
:菅原神社東(すがわらじんじゃひがし)古墳:
・墳形:円墳
・規模:直径20m×高さ3m
・出土品:未調査の為不明
・埋葬主体部:未調査の為不明 規模的に木棺直葬か?
・築造年代:周辺の古墳と同じ頃であるならば、
      6世紀台頃か?
・史跡の指定区分:市指定史跡
・備考:菅原神社社殿背後に一部破壊を受けて現存
    駐車スペース無し

皆様おはようございます(^▽^)
 
今日の埼玉県南部は、曇り&雨の予報なのと、
気温も低い上に風が強いので、
古墳巡りには行かずに、家で大人しく過ごそうと思ってます(^^;
 
さて、永久保&2号古墳の次は、
2号古墳から歩いて3分ほどの距離にある、
 
イメージ 1
 
二ツ塚(ふたつづか)古墳の紹介です(^^
 
遠景写真を撮るのを忘れてしまいました(大汗
住宅街の中にあり、墳丘の周囲をフェンスで囲まれ、
前方部が削り取られた状態で保存されている、前方後円墳です。
どちら側に前方部があったかは分かりませんが、
手持ちの資料によると、前方部が削平されたのは、
大正5年(1916年)に、菅原神社の社務所を建設するに当たって、
墳丘盛土を開削したとの記述がありました。
その際に、直刀と人骨が出土したそうです。
 
上の写真は、たまたま屋外で作業をされていた、
土地の所有者様に許可を得て、
囲いの中に入らせて頂いた際に撮影したものです。
 
イメージ 2
 
高さは2.5mほどですが、元はもう少し高かったかもしれません。
コンクリート製の石段と、手すり代わりの金属製チェーンが設置されてます。
 
イメージ 3
 
イメージ 4
 
墳頂には小さな石祠が祀られてます。
墳頂には平坦面はほとんど無く、
コンクリートで無理矢理平坦面を造ってる感じ。
念のため墳丘を1周と墳頂面をくまなく観察してみましたが、
遺物は何もありませんでした。
直刀と人骨が出てると上に書きましたが、
埴輪や土師器などの破片が出たとの記述も、
言い伝えも無いので、当初は周辺の古墳と合わせて、
6世紀台の築造と思ってましたが、
終末期の前方後円墳である可能性も考えてます。
 
:二ツ塚(ふたつづか)古墳:
・墳形:前方後円墳 
    (現状)後円部のみ残存
・規模:後円部直径20m×高さ約2.5m
・埋葬主体部:不明 木棺直葬?
・出土品:直刀、人骨
・築造年代:6世紀後半~末期?
・史跡の指定区分:市指定史跡
・備考:前方部削平
    後円部頂部に石祠有り

※追記:2019年現在、破壊され住宅地に変わってます。

皆様こんばんは~(^▽^)
 
中原古墳に続きましての紹介は、
大東(だいとう)公民館の直ぐ側に立地する2基の古墳で、
公民館近くの月極駐車場奥にあった永久保古墳と、
そこから50mほど離れた民家の庭先にある、
永久保2号古墳の紹介なのですが、
先に墳丘が残存している2号古墳から紹介します。
 
イメージ 1
 
永久保(ながくぼ)2号古墳
 下草もそうですが、竹林が茂りまくっていて、
民家近くに僅かに露出している墳裾の封土くらいしか、
確認できませんでした。。。
 
イメージ 2
 
とりあえず露出している墳裾付近の封土の様子。
ついでに足元や墳裾を注意深く観察しましたが、
土師器や埴輪の破片などは見当たらなかったので、
埴輪が無くなった6世紀末~7世紀台の築造とも考えられます。
この古墳を撮影し終えて、次の古墳に向かって歩いている時に、
1枚目に写っている民家の住人の方に偶然お会いしたので、
突入(墳丘を直に確認)できるかお尋ねしたのですが、
手つかずの薮の為に、何かあったら大変・・・という理由で、
許可は下りませんでした。。。残念。。。
 
手持ちの資料によると、直径20m×高さ2mほどの円墳、
・・・との事ですが、墳丘の一部が別の民家と、
駐車場造営の為に削られていて、
とても直径20mの規模は無く、
10m前後×2mほどに縮小されていると感じました。
先の民家住人の説明によると、竹林全体が古墳では無いようです。
また、現在に至るまで正式な学術調査は行われておらず、
住人の方も、何か遺物らしきものが出たという話は、
聞いてないし、見てもいないそうです。
 
・・・・・で、もう1基の永久保古墳ですが、
 
イメージ 4
 
真新しい住宅と駐車スペースが作られて、
綺麗に破壊し尽くされてました。。。(T_T)
やや円がズレてしまいましたが、
砂利が敷かれた場所の中央部付近から、
住宅の裏側にかけての付近に、
紹介するハズだった古墳はありました。
念のため写真奥に写っている木立も見てみましたが、
特に墳丘らしい盛り上がりは確認できませんでしたので、
ココは普通に民家の庭だと思います。
 
先の住人の方によると、
今年に入ってから住宅の建設工事が始まり、
その時に破壊されたそうです。。。
尚、その工事の際に何も遺物は出なかった様です。
埴輪や土師/須恵器等の遺物の出土が無かった事から、
2号古墳と同じく、6世紀末~7世紀台の築造と推測してます。
 
この古墳群は家から車で30分ほどの所なので、
「いつでも行けるからゆっくり行こう」と思っていた為に、
今まで見学を遅らせていた訳ですが、こうして壊された跡を見ると、
「早く見に行けば良かった(汗」と、かなり後悔します。。。
 
:永久保(ながくぼ)古墳:
・墳形:円墳
・規模:(資料)直径15m×高さ2m
・出土品:不明
・埋葬主体部:不明 木棺直葬?
・築造年代:6世紀末~7世紀?
・備考:民家及び駐車場建設の為破壊&消滅
 
:永久保2号古墳:
・墳形:円墳
・規模:(資料)直径20m×高さ2m
    (現状目視)直径10m前後×高さ2m
・出土品:不明
・埋葬主体部:不明 木棺直葬か?
・築造年代:6世紀末~7世紀?
・史跡の指定区分:市指定史跡
・備考:駐車スペース無し
    竹林(私有地)内に現存

皆様こんばんは~(^▽^)
 
明日から関東地方もそろそろ梅雨入りしそう・・・、
・・・との天気予報だったので、本格的な雨が降らない内に、
気になっていた古墳達を見て来ました~(^^
 
まずはコチラの古墳から。。。
 
イメージ 1
 
中原(なかはら)古墳
 関越自動車道の川越IC近くのゴルフ練習場の裏側に立地する古墳です。
畑地の奥に有るのと、民家の庭先にある為に接近は不可能。。。
そろそろ蒸し暑い季節になるからか、墳丘は繁茂した下草や、
低木が茂っていて墳丘の全体像が掴みにくい状態になってました。
以前は数本の背の高い樹木があったそうですが、
古墳が立地する土地の所有者が伐採したそうです(^^;
 それでもなんとか墳丘に近づけないかと、
周辺の道路をくまなく歩いていたところ、
古墳の裏側にある民家の横に辿り着けました♪
 
イメージ 2
 
しかし、民家側からも写真左下に写っている、
フェンスでガードされていて、墳丘への突入は断念。
たまたま民家の方がいらっしゃったので話を聞くと、
「特に何も出てないし、何か出たという話も聞いた事が無い」
・・・そうです(^^;
 
出土品が何も出てない事から、築造年代を推測するのは、
非常に困難ですが、南大塚古墳群中最も新しいのは、
以前紹介した上円下方墳の山王塚(7世紀前半)で、
最も古い古墳は、関越自動車道建設に伴い既に消滅していますが、
5世紀後半頃に築造されたと推定されている古墳がある事から、
5世紀後半~6世紀後半頃までに築造されたのでは?と、
考えております。。。
 
またこの古墳の規模は、直径20mと書かれてますが、
高さについての記載がありません。。。
現状を見た感じでは、2.5m~3mほどあると思います。
より正確な築造年代を推定する為にも、
早急に発掘調査を実施して頂きたいです。
 
:中原(なかはら)古墳:
・墳形:円墳
・規模:直径20m 高さ(目測)2.5~3m
・周掘の有無:未調査の為不明
・埋葬主体部:未調査の為不明
・出土品:不明
・築造年代:(あくまでも個人的な推定で)
       5世紀後半~6世紀後半頃までか?
・史跡の指定区分:市指定史跡
・備考:私有地につき見学時注意(墳丘への接近は不可能)
    駐車スペース無し

皆様こんばんは~(^▽^)
 
柏崎1号墳にカウントされている、
おくま山古墳に続きましては・・・・・、
 
イメージ 1
 
おくま山古墳後円部頂上から見える、
柏崎3号墳の紹介です(^^
 柏崎古墳群は、前方後円墳1、前方後方墳1、方墳1、円墳19基からなる、
22基の古墳群で、2号と4~7号墳は破壊&消滅しております。
今回はおくま山古墳と3号墳のみ見学しました(^^
残りの古墳はまた時間がある時に見学しようと考えてます♪
 
イメージ 2
 
直ぐ側を通る市道から見た3号墳の全景。。。
畑地や田圃に囲まれ、小さいながらもしっかり残ってます。
・・・・・でも、その内破壊されてしまいそうな感じが。。。
 
イメージ 3
 
少し近づいてみました。
写真を撮ってる時に畑の所有者の方が、
畑の手入れの為でしょうか、軽トラでいらしたので、
許可を得て墳丘に近づかせて頂きました(^^
 
イメージ 4
 
墳頂部には大きな樹木があったようですが、
伐採されて、切り株が残ってました。
 
イメージ 5
 
墳頂部の様子。
この古墳からは円筒埴輪の破片のみ出土しており、
埋葬主体部は検出されてないので、
おそらく木棺直葬タイプかもしくは、
既に破壊されてしまった2・4~7号墳の様に、
自然石を使用した横穴式石室があったかもしれません。
現在の墳丘の規模は、直径14.5m、高さ2mほどの大きさですが、
元はもう少し大きかったかもしれません。。。
 
尚、破壊されてしまった2&4~7号墳は全て円墳で、
規模は15~40m前後と様々。
埋葬主体部は自然石や凝灰岩を使用した横穴式石室で、
これまでに出土した遺物は、
直刀・刀子・鉄鏃・耳環・須恵器・弓金具・玉類・・・などです。
 3号墳付近の市道は路駐可能な幅はありますが、
おくま山古墳の前を走る市道は細いので、
車で見学される際はご注意下さい。
 
:柏崎3号墳:
・墳形:円墳
・規模:直径14.5m 高さ2m
・周堀の有無:無
・出土品:円筒埴輪
・埋葬主体部:不明 木棺直葬?
・築造年代:6世紀台
・史跡の指定区分:市指定史跡
・備考:駐車スペース無し(路駐の際は注意)
    畑地(私有地)内に現存

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