関東の古墳&陵墓研究

関東地方(主に埼玉県や茨城県)の古墳や遺跡、神社仏閣等を見学し紹介してます。 個人的に好きな陵墓関係の記事や書籍も紹介してます。

2013年04月

皆様こんにちは~(^▽^)
 
今日で4月も終わりですね~(^^
関東地方は連日吹き荒れる強風の為に、
古墳巡りするにも砂埃との戦い状態(T_T)
ゆっくり見学できる穏やかな日が待ち遠しいです♪
 
さて、平井地区2基目に紹介する古墳は、
1基目から10mほど離れた近距離に立地していて、
規模も1基目の物のちょうど半分くらいの大きさな上に、
埴輪片だけでなく須恵器の破片を見つけたので、
1基目の倍塚的な存在かと推測しております。
 
イメージ 1
 
1基目の墳裾付近から撮影した2基目の遠景
 
イメージ 2
 
近づいてみました。
1基目に比べると、畑地による開墾なども比較的少なく、
とても綺麗な円丘です(^^
 墳丘に近い建物は倉庫の様ですが、
私有地なので、もし見学時に人影が居ましたら、
一言断ってから見学されてくださいね(^^
 
イメージ 3
 
県道から撮ったのがコチラ。
倉庫の手前が今回紹介する2基目で、
倉庫の奥に見えるのが前回紹介しました1基目です(^^
 
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葺石と思われる多数の川原石が散見される墳丘。
 
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下草や土筆の間に露出していた破片。
厚みから推測するに土師器だと思います。
 
イメージ 6
 
コチラは須恵器の破片と思われる一枚。
何らかの模様が入ってますね~(^^
 
この古墳も川原石を乱雑に積み上げた、
短小な横穴式石室とのことですが、
1基目同様、開口部は確認できませんでした。。。
 
イメージ 7
 
墳丘頂部に1本だけ植えられた?1本の樹木が目印です(^^
上の写真を見る限りでは、2段築成の様に見えますね。
墳丘の斜面がかなり急角度な上に、崩れやすい封土だったので、
頂上に登るのは断念しました(^^;
 
この古墳と1基目、3・4・5基目は、
藤岡歴史資料館からさほど遠くなかったので、
資料館の駐車場に車を止めさせて頂いた上で見学しました♪
 
:平井地区の古墳 2基目:
・墳形:円墳 葺石
・規模:(目測)20m前後 高さ3~4m
・周溝の有無:不明
・出土品:土師器片、須恵器片目視で確認
・埋葬主体部:川原石乱石積み横穴式石室
・築造年代:5世紀後半~6世紀
・史跡の指定区分:市指定史跡
・備考:駐車場有り(歴史館駐車場利用)
    私有地の為見学時要注意
    石室は埋め戻し保存

皆様こんにちは~(^▽^)
 
GWは如何お過ごしでしょうか~(^^
事故や怪我の無い様、気を付けてお過ごし下さいませ~♪
 
さて、本日から白石古墳群は平井地区の古墳達を、
撮影した順番に1基づつ紹介していきま~す(^^
資料館の館員や地区内に居住してる方々によると、
「○○古墳」などの様に、特定の名前が付けられている古墳は無く、
「平井地区○○号」・・・と、番号が振られているだけです。
丁度昼時に対応してくださった若い館員の方は、
全部でどれくらいの数があるか把握しきれてないほど、
大量に密集している古墳群の様です(^^;
尚、墳形は全て円墳で、規模は5~40mくらいの大きな物まで、
様々な大きさの墳丘が存在している様です。
また、説明板も特に設置されていない為に、
「この古墳は○○号墳」とは分かりませんので、
ココでは、「1基目、2基目・・・」と書かせて頂きます(^^
 
また、車は近くの藤岡歴史資料館に止めさせて頂きましたが、
遠く離れている古墳は、県道の端に路駐しなければいけませんので、
見学の際は事故など起こさぬよう、ご注意下さい。
 
まずは、宗永寺裏東塚古墳の墳頂部から見えた。。。
 
イメージ 1
 
コチラの1基から。。。
 
イメージ 2
 
県道から少し畑地に入った所から撮影。
 生垣と玉葱の間の畦道を通らせて頂いて。。。
 
イメージ 3
 
撮ったのがコチラ。
 墳丘の半分が背の高い下草が覆われていて、
コチラ側は綺麗に刈り取られている感じ。
下草で覆われてる側は民家があるので、
目隠しのつもりでしょうか?(^^;
 
説明板も何も無いので、全て目測ですが、
直径は約30mほど、高さは3~4mほどはあるかと思います。
資料館の方の説明ですと、平井地区にある古墳の埋葬主体部は、
全て川原石を積み重ねた、乱石積みの無袖型/片袖型/両袖型の、
短小な横穴式石室だそうで、出土品は円筒埴輪や土師器、
須恵器などの破片がほとんどだそうです。
築造年代は5世紀後半~6世紀後半までと推定されています。
 
畑地などの開墾で崩された墳丘が幾つか目に付きましたが、
それらの中でも、この古墳と次回紹介する古墳の2基は、
比較的当時のままの姿を残していると感じました。
 
イメージ 4
 
墳丘に登って見下ろした感じです。
少々文字が小さいですが、遠くに宗永寺裏東塚古墳が見えます(^^
上の写真で少し大きめの川原石は葺石と見られる石で、
茶色いのは全て円筒埴輪の破片です(^^;
 
イメージ 5
 
墳頂の一番高い部分は、下草で覆われていて接近不可能。。。
少し民家側に回ってみると・・・?
 
イメージ 6
 
石室石材と思われる、大きめな石が確認できました。
見た感じ、石室は既に破壊されている様で、
開口部などは確認できませんでした。。。
 
:平井地区の古墳群 1基目:
・墳形:円墳 葺石
・規模:(目測)直径25~30m 高さ3~4m
・周堀の有無:不明
・埋葬主体部:川原石乱石積み横穴式石室
・出土品:円筒埴輪、土師器片
・築造年代:5世紀後半~6世紀後半頃
・史跡の指定区分:市指定史跡
・備考:墳丘半分が民家敷地内の為見学時は要注意
    埴輪片多数露出
    石室崩壊

皆様こんばんは~(^▽^)
 
今回紹介します古墳は、以前に紹介した七輿山古墳なのですが、
墳形や規模などは前回紹介した通りなので、
今回は墳丘や足元に着眼点を向けてみました(^^
 
イメージ 1
 
内堀の後円部南端付近から前方部を眺めた感じ。
後円部裾部に夥しい量の葺石が確認できます。
築造当時は葺石で封土全体が覆われていたであろうと推測されてます。
最近の発掘調査で、墳丘を巡る様に並べられた、
円筒埴輪列が確認されているせいか、
葺石に混じって、大量の円筒埴輪片が目視できました。
 
イメージ 2
 
前回は後円部1段目から後円部墳頂を見上げた写真を掲載しましたが、
今回は周溝から見上げた感じを撮ってみました。
墳頂部近くに白い切り株が写ってますが、
改めて下から見上げると、かなりの高さがあるのだなと感じました。
 
イメージ 6
 
前回は掲載しなかったのですが、
後円部南側1段目に五百羅漢像群があります。
ほとんどは経年劣化の為に、頭部が無かったりしますが、
今回注目したのは、奥に太陽光が当たってる部分。。。
 
イメージ 7
 
この部分に、想定されている大型の横穴式石室の、
開口部が埋まってると推定されています。
また、五百羅漢像群が設置されている場所が、
かなり広範囲に平坦になっているのですが、
この場所には羨道があったとされており、
 
イメージ 8
 
イメージ 9
 
おそらくその羨道部の石材であったであろう、
大きな石材がそこかしこに存在してます。
前回訪問した時は、墳丘の規模だけに目がいっていて、
全く気づきませんでした(^^;
 
・・・で、改めて後円部頂部に登って辺りを見回してみると。。。
 
イメージ 10
 
イメージ 11
 
ちょうど、開口部真上付近の位置に、
ご覧の様な大きな石材が確認できました。
 発掘されれば、奈良の石舞台(石舞台古墳)や、
関東の石舞台(八幡山古墳/行田市)などの様に、
「群馬の石舞台」と名付けられるのでは?と密かに期待してます(^^
 
・・・で、コレにも前回は全く気づかなかったのですが、
 
イメージ 3
 
後円部寄りの前方部端に緑泥片岩の大きな石材を見つけました。
 
イメージ 4
 
28cmの私の足と比較してみましたが、
埋没してるであろう部分も含めると、
かなりの大きさの石材であろう事が伺えます♪
このことから、後円部だけでなく、
前方部にも祭祀or埋葬主体部の様な物が、
存在する可能性が有る様に思いました(^^
 
現在は最近発見された3番目の周溝を復元した上で、
周辺を歴史公園として整備する計画があるそうですが、
七輿山古墳の埋葬主体部発掘は、未定だそうです。。。
きっと豪華な副葬品が未盗掘のまま残ってる可能性が大なので、
思い切って発掘して欲しいですね~(^^
 
イメージ 5
 
何度来ても何度見ていても、心が落ち着く古墳です(^^

皆様こんばんは~(^▽^)
 
前回の西塚古墳では、
墳丘上に寺院の関係者の墓所が営まれていましたが、
今回紹介するもう1基の、
宗永寺裏東塚(そうえいじうらひがしつか)古墳は。。。
 
イメージ 1
 
墳丘遠景
 ご覧の通り一般人の墓石で埋め尽くされてます(^^;
 
イメージ 2
 
近景。。。
一番高い場所にある墓石の下部分が、
後円部頂部に当ると思われます。
 周囲よりも5mほど高いので、直ぐ分かります。
 
イメージ 5
 
後円部の弧を描いてる部分がなんとか把握できる箇所を、
撮影してみました(^^
 この古墳に登る時に、地面に視線を移すと・・・
 
イメージ 6
 
土師器?の破片や。。。
 
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少々見づらいですが、赤い矢印で示した部分に、
埴輪や土師器と思われる破片が散らばっていて、
紛れもなくココは古墳なのだと確信できました。
 
イメージ 8
 
一番上の墓前に一礼してから、頂上部と思われる所から、
墳裾を撮ってみました(^^
高さが5m近いので、見晴らしは良いです♪
また、写真中央左寄りに横長の倉庫が写ってますが、
その倉庫の左側に後日紹介予定である、
平井地区古墳群の1古墳が写ってます♪
 
※自分は神道などの信者ではありませんが、
 神社の社殿を撮影する時や、今回の様に墓地が写真の中に入る時は、
 一礼(一言断る)するように心掛けてます。
 神社も墓所も神聖な場所だと考えてますので。。。
 
イメージ 9
 
前方部頂部の様子。。。
後円部よりは少し墓石が少ないので、
まだ墳丘の様子が分かりやすいですね(^^
 
イメージ 10
 
墳頂の至る所に、葺石や石室石材と思われる、
川原石や自然石が大量に散見されます。
上の写真にも埴輪の破片と思われる物が数点写ってますが、
何処にあるか探してみて下さい(^^
 
尚、この古墳からは・・・・・、
 
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イメージ 12
 
凝灰岩製の刳り抜き式舟形石棺が出土してます(^^
 この舟形石棺は西塚古墳の前に設置された、
覆屋の中に安置されてます(^^
 
イメージ 3
 
覆屋の前にはこの石棺についての説明板が設置されてます。
この説明板によると、山門付近にも古墳(天神山古墳)が存在していた様ですね。
現在は畑地になっていて、完全に破壊されてます。。。
 もしかしたら、前回の謎の土地&謎の石材は・・・
 
イメージ 4
 
この天神山古墳に関係した石材だったかもしれませんね。。。
 尚、保存されている石棺は身の部分だけで、
全長2.35m×幅86~91cm×高さ60cmというサイズです。
副葬品等については、石棺が掘り出され、
墳丘が墓所と化した時代が古いため、
何も伝わっていません。
 
:宗永寺裏東塚(そうえいじうらひがしつか)古墳:
・墳形:前方後円墳
・規模:全長30m 推定高さ4~5m
・周溝の有無:不明
・埋葬主体部:凝灰岩製刳り抜き式舟形石棺
・出土品:不明(埴輪片、土師器片を目視で確認)
・築造年代:6世紀前半
・史跡の指定区分:市指定史跡
・備考:駐車場有り(宗永寺駐車場利用)
    現況墓地化

皆様こんばんは~(^▽^)
 
今回からは、先日訪問してきました、
群馬県の古墳を紹介しま~す♪
白石古墳群に属する古墳で、
前回訪問時に見逃してしまった古墳達です(^^;
 
イメージ 1
 
まずは七輿山古墳の直ぐ横(後円部側)にある、
宗永寺(そうえいじ)というお寺の境内にある、
宗永寺裏西塚(そうえいじうらにしつか)古墳から。。。
 
上の写真が全体像です。
3台止まっている車の後ろが墳丘です。
墳丘上に歴代住職や関係者の墓所が営まれてる為に、
かなり変形してますが、七輿山古墳とほぼ同じ方向に、
前方部を向けた前方後円墳です(^^
 
イメージ 4
 
前方部近景。
手前の緑色の壁は、境内に寺直営の幼稚園があるのですが、
その幼稚園関係の倉庫です。
かなり変形してしまった後円部に比べて、
比較的元の墳形を残してると思われます。
周溝は確認されてませんが、前方部側に幅2mくらいの草地があるので、
もしかすると、全周形状の周溝があったかもしれませんが、
現在までに、この古墳に周溝があったかどうかは、
確認が取れていません。。。
 
イメージ 5
 
前方部頂部から下を見下ろした感じ。
高さは3mくらいあります。
斜面には葺石と思われる河原石が散見されます。
 
イメージ 6
 
住職やその関係者の墓所が並んでいますが、
一応前方部から後円部方向を見た感じです。
 
墳頂部がご覧の様な感じになってるので、
古墳では無いように感じてしまいます(^^;
 
イメージ 7
 
ちょうど、右上付近に写っている大木辺りがくびれ部だと思われます。
 
イメージ 8
 
後円部頂部はご覧の様な感じで、墓所などは建造されておらず、
葺石や石室石材かと思われる川原石が、多数散見される状態。。。
 この後円部墳頂で、何か古墳に関係するものは無いかと、
しばらく探しまわったところ。。。
 
イメージ 9
 
古墳主軸からやや西寄りにある大木の根元付近に、
突帯がはっきりした円筒埴輪の破片が露出しているのを見つけました♪
 尚、この古墳の築造年代は、6世紀後半頃と推定されているので、
埋葬主体部は横穴式石室が考えられますが、
この古墳に埋葬主体部が存在していたか等は、
分かっておりません。。。
 ただ・・・後日紹介する予定で、同年代の築造とされる、
宗永寺裏東塚古墳からは、凝灰岩製の刳り抜き舟形石棺が出土しているので、
この古墳も横穴式石室+舟形石棺or舟形石棺直葬だったかもしれません。。。
 この古墳がある境内を見て回っていた時に、
 
イメージ 2
 
周囲より1m弱ほど高く、
何も建造物の痕跡が無い、謎の土地が有り、
 
更にその奥に・・・・・・、
 
イメージ 3
 
ベンチに似た構造物があるのを見つけました。
・・・が、ベンチにしては高さが低すぎるのと、
厚みと長さと石材の凹凸具合等から、
裏西塚古墳の石室石材(天井石?)では?と思いました(^^;
周囲に人影が全く無かったので、この石材に関する話は聞けなかったのが、
少々残念ではあります。。。
 
以下は私見ですが・・・、
根元付近で見つけた埴輪片は手の平サイズの大きな物で、
直ぐ隣にある七輿山古墳の円筒埴輪に似た、
肉厚タイプな物だったので、七輿山古墳の倍塚か、
七輿山に葬られた人物の近親者の墓ではないかと考えてます。
 
いずれ正式な調査の手が入ることを期待してます♪
 
:宗永寺裏西塚(そうえいじうらにしつか)古墳:
・墳形:前方後円墳
・規模:全長48m 高さ不明 現状高さ3m
・出土品;円筒埴輪片
・埋葬主体部:不明(横穴式石室?)
・周溝の有無:不明
・築造年代:6世紀後半
・史跡の指定区分:市指定史跡
・備考:駐車場有り(無料)
    墳頂部は墓地化

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